019-622-1212

金田一温泉郷の「座敷わらし」

最終更新日:2021年11月1日
亀麿神社
亀麿神社(写真提供:二戸市)
金田一温泉郷マップ
金田一温泉郷マップ

二戸市金田一温泉郷は1626年の開湯といわれ、南部藩の指定湯治場だったことから「侍の湯」と呼ばれ、古くから多くの湯治客で賑わっていました。泉質は低張性アルカリ単純泉で、言語学者の金田一京助や作家の三浦哲郎ゆかりの宿など現在は6軒の入浴施設があります。

泉質もさることながらこの温泉郷は「座敷わらし」が棲むという言い伝えで有名です。座敷わらしはおかっぱ頭の着物の子供の姿をした精霊で、家に居着くと幸福と繁栄をもたらし、去ってしまった家は衰退するといわれます。

温泉郷内の旅館「緑風荘」の座敷わらしは「 亀麿 かめまろ 」という名がつけられています。亀麿は、今から約680年前の南北朝時代、緑風荘の当主の先祖・ 万里 までの 小路 こうじ 藤房 ふじふさ の長男でした。藤房は南朝の後醍醐天皇の側近でしたが北朝の足利尊氏に追われ京から北上しこの地に辿り着きました。しかし当時6歳の亀麿が病で短い生涯を閉じてしまいます。その臨終に「末代までこの家を守り続ける」と言ったといわれ、家の守り神となって奥座敷の えんじゅ の間に姿を現すようになったということです。

その後、槐の間に宿泊した多くの政治家や文化人、経営者などが成功を収めたことが評判となり、男は出世し女は玉の輿にのるといわれ宿は賑わいました。しかし2009年10月に失火で全焼してしまいました。ただこの時、宿泊していた耳の不自由な親子が「火事だ。逃げろ」という声を聞いて難を逃れたり、着物姿の わらし が亀麿神社に逃げ込むのを見た人がいました。また、火災の夜は満月だったのですが出火の途端に雨が降り出し亀麿が祀られる亀麿神社ほか近隣建物への延焼を免れたといった不思議な出来事が重なったそうです。

2016年に宿は再建され、現在も緑風荘のみならず温泉郷内の旅館で座敷わらしをみたという話が寄せられます。部屋で撮った写真や動画などにオーブ(光の玉)が時折映るそうです。

温もりが恋しい季節になりました。座敷わらしとの対面を期待しつつ温泉郷に出かけ体を癒したいものです。

参考文献:二戸市「広報にのへ2020年12月1日号」

  • 問合せ先:二戸市商工観光流通課
  • TEL:0195-43-3213

(岩手経済研究2021年10月号で紹介)