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長安寺(ちょうあんじ)

最終更新日:2020年8月3日
総欅造・高覧付の山門
総欅造・高覧付の山門
気仙大工による向拝付本堂
気仙大工による向拝付本堂

大船渡市日頃市町に 片杉山 かたすぎさん 長安寺があります。京都東本願寺の末寺で真宗大谷派の寺院です。

今から約9百年前の平安時代末期の開山で、開祖は安倍一族末裔で気仙郡司・ 金為雄 きんためかつ 嫡流 ちゃくりゅう 正善坊 しょうぜんぼう といわれます。仏門を志し天台宗総本山比叡山延暦寺東塔で学び、帰郷後、当地に長安寺を建立しました。山号は境内にあった2本の杉のうち1本を使い本堂を建築したことに由来します。室町時代の明徳2(1391)年に、浄土真宗に改宗し今日に至ります。

室町時代の末期、弘治2(1556)年に火災に遭い、七堂伽藍の宝物などを含め ことごと く消失しました。その後、順次再建され、寛政10(1798)年に現在の山門(楼門)の形が出来上がりました。

山門は 入母屋造 いりもやづくり 銅板葺、上層部は高欄付、外壁は 真壁 しんかべ 造り 白漆喰 しろしっくい 仕上げ、総 けやき 造りで高さ17.5メートルの壮大な二重楼門です。当時の権勢を反映し県内最大級の規模を誇ります。

ところが、この壮大な上層部に比べ下層部を見ると、門の扉や両脇の袖塀がなく、楼を支える柱だけの不自然な未完成の形のままとなっており、「袖なしの門」と呼ばれています。

これは、山門が当時仙台藩ご禁制だった欅材を使用したことや藩内随一の高楼で高さ制限を越えたことから、藩から取り壊しの命が出され、当時の脇寺西法寺の住職 廓念坊秀諦 かくねんぼうしゅうたい が尽力した結果、文化4(1807)年、以後の工事を中止することを条件に存続が黙認されたことによります。

境内にはこのほか気仙大工の匠たちに依る鼓楼や鐘楼があります。本堂は明治16(1883)年の造営で、入母屋造の波形の 桟瓦葺 さんがわらぶき で吹きおろしの雨除けの屋根が付いた 向拝 こうはい となっています。

江戸時代後期には、水沢出身の医者で蘭学者の高野長英が、幕府を批判したため、追っ手を逃れて当寺に身を隠し、地元の門弟などに密かに蘭学を教えたと伝えられています。

境内には推定樹齢420年のイチョウや「奥州しだれ桜」の名木もあり、寺の長い歴史を見守っています。

  • 問合せ先:長安寺
  • TEL:0192-26-3391

(岩手経済研究2020年7月号で紹介)