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盛岡市中央公民館

最終更新日:2020年5月1日
盛岡中央公民館
盛岡中央公民館
旧南部氏別邸
旧南部氏別邸

盛岡市愛宕町の「盛岡市中央公民館」は平成30年度からの2年間にわたる大規模改修により企画展示室を除く工事が終了し、4月1日から会議室や別館、音楽室などの供用から始まり、5月中旬の図書室まで順次再オープンします。現在、残る企画展示室の改修が行われ、来年初夏のフルオープンを目指し工事が継続されています。

この場所は江戸時代の初期には「御薬園」と呼ばれ、盛岡城で使用する薬草の栽培が行われていました。その後、正徳5(1715)年ごろに南部家7代藩主 利幹 としもと 公の時代に屋敷として整備され、9代藩主 利雄 としかつ 公の時代にかけて稲荷社のほか御殿・茶室・能舞台が設けられ、京都から 高尾 タカオ カエデ が移植されたほか、奇石珍木が集められて庭園が整備され、藩主の別邸となりました。また、幕末の安政から文久までの10年間、屋敷の一部を藩校「 明義堂 めいぎどう 」の医学・経学の教場として使用し、藩士の文教の場ともなりました。

明治になり、屋敷は取り払われて田畑となりましたが、明治41(1908)年に南部伯爵家別邸として新築・造園されました。戦後は県産業文化館や盛岡市産業文化館を経て盛岡市公民館となりました。その後昭和55(1980)年に現在の中央公民館が建築された際に、別邸は玄関と客間を残し増改築され別館となり、平成25(2013)年には和洋の意匠を織り交ぜた明治期建築の造形の規範となる建物として、国登録有形文化財になりました。

また、大名庭園の雰囲気を醸し出す園内には、第19代内閣総理大臣・原敬の別邸にあった「田舎家」を移築した「 白芳庵 はくほうあん 」や明治天皇が東北巡幸の際に宿泊所として利用した「 聖風閣 せいふうかく 」のほか、盛岡出身の俳人・山口青邨が幼少期を過ごした家屋が「愛宕亭」として復元され、明治・大正の和風建築が回遊式庭園の趣を深めています。

  • 問合せ:盛岡市中央公民館
  • TEL:019-654―5366
  • 休館日:月曜日(休日の場合は翌日)、年末年始

(注)公民館では今年度も工事が継続され、駐車場は一部ご利用になれないため、来館の際はできる限り公共交通機関をご利用ください。

(岩手経済研究2020年4月号で紹介)