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志賀理和氣(しかりわけ)(赤石)神社

最終更新日:2020年2月3日
志賀理和氣神社拝殿
志賀理和氣神社拝殿(写真提供:同神社)
霊石赤石
霊石赤石

紫波町の紫波運動公園南側に隣接した北上川の西岸に 式内 しきない 社の志賀理和氣神社があります。式内社は平安時代に朝廷から官社として指定された全国の神社一覧「 延喜式 えんぎしき 神名帳」に記載された古くからの格式ある神社です。延長5(927)年の神名帳では日本最北端に位置する式内社となっています。

創建は延暦23(804)年、坂上田村麻呂が、蝦夷平定の報謝と一帯の鎮護のため、その守護神として勝負の神である 経津 ふつ ぬしの 大神 おおかみ (香取神宮の軍神)と たけ みか づちの 大神 おおかみ (鹿島神宮の雷神・剣神)を勧請したことに始まったとされています。

時代が下り天正年間(1573~93年)、斯波郡高水寺城(現在の紫波町城山公園)城主 斯波 しば 詮直 あきなお 公が当地を通った際、北上川の川底に赤石があり、水波が紫色に漂うのを見てけふよりは紫波と名づけん この川の 石にうつ波 紫に似てと詠み、これに因み、郡名は斯波郡から紫波郡に、当社は赤石大明神と称されるようになりました。

藩政時代には盛岡藩主南部氏から崇敬され、藩で最も社格の高い「南部一の宮」の号を与えられたほか、藩内の商人をはじめ多くの信仰を集めました。その後、大正13(1924)年に県社(旧社格)になりました。

春は参道に樹齢七百年の南面の桜が咲き誇り、秋の例大祭では山車のほか、寛政年間に京都で造られた総 ひのき 造の豪華絢爛な 御輿 みこし 渡御 とぎょ 、さんさ踊り、地元の神楽などが参加し総勢約二千人の大行列が街を練り歩きます。初詣も町内をはじめ県内各地から多くの参拝客が集まり賑わいます。

年が改まり、東京オリンピック・パラリンピックの今年の初詣は、当社の主祭神経津主大神などを祈願し県内出身者をはじめとした日本代表選手たちに多くの勝ち運の御利益を授けたいものです。

  • 問合せ先:志賀理和氣神社
  • TEL:019-672-2767