019-622-1212

榊山稲荷神社の庭園「緑風苑」

最終更新日:2019年7月1日
榊山稲荷神社の庭園「緑風苑」 ~盛岡市~
緑風苑と心字の池
伝統銘菓「黄精飴」
伝統銘菓「黄精飴」

榊山 さかきやま 稲荷神社は、盛岡市北山の山の南側斜面に鎮座し、食物神の 豊受之大神 とようけのおおかみ を主祭神とします。五穀豊穣や開運商売の神である榊山稲荷神社を本社とし、境内にはそのほか決断の神である 加賀宮 かかのみや 、金を やす 金殖 かねつくり 神社、子授安産の 淡嶋 あわしま 明神 みょうじん 社など15の社があり、藩政時代から「もりおか開運神社」と称されていました。

創建は慶長2(1597)年、盛岡藩開祖南部 信直 のぶなお 公が盛岡城築城の折、城内に榊山 くる を併設し豊受之大神を祀り領内の総鎮守としたのが始まりです。その後、明治に入り廃藩置県で廃社となりましたが、昭和5(1930)年に市内に居住し信仰のあつい先々代宮司荒川清次郎が旧藩主の南部氏から大神の再興を依頼され、土地を譲り受けて現在地に遷座しました。

ここにはかつて、江戸時代の臨済宗僧侶「 ほう 長老 ちょうろう 」が作庭した庭園がありましたが、既に荒廃し谷地のようになっていました。荒川氏が庭師とともに藪を刈り払うと、築山などが現れ、その後、斜面にツツジやサツキが配置され、「緑風苑」として庭園が蘇りました。苑内には「心」の字の形をした「心字の池」に観音像が置かれるなど、通常の神社の境内とは趣きを異にします。

庭を造った方長老は本名を 規伯 きはく 玄方 げんぼう と言い、対馬藩の朝鮮外交僧でしたが、外交をめぐる藩の国書改竄による罪を負い、寛永12(1635)年に盛岡藩預預かりの身となりました。盛岡では不徳を戒め 無方 むほう と名乗りましたが、産業や生活文化の発展に貢献し、特に味噌、醤油、清酒の醸造に関わったとされ、濁酒が多かった盛岡で清酒の醸造を伝授するなど、方長老と呼ばれ慕われました。また、2代藩主重直公が病の際、アマドコロという草の根で 黄精 おうせい という薬を作り見舞ったところ病が治ったといわれます。黄精は胃腸や気力を増進し心肺を潤すといわれ、現在も地元銘菓「黄精飴」としてその製法が受け継がれています。

この時期、緑風苑は周りの木々が借景となって壮大な庭園美を感じさせます。深緑の中で神社に参拝し、苑の美しさを堪能しながら開運を祈願してみてはいかがでしょうか。

  • 連絡先:榊山稲荷神社
  • TEL:019-661-6211

(岩手経済研究2019年6月号で紹介)