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遠野駅(JR釜石線)

最終更新日:2017年2月1日
遠野駅(JR釜石線) ~遠野市~
遠野駅
遠野駅の駅名標
遠野駅の駅名標

遠野駅は大正3年(1914年)花巻と仙人峠を結ぶため建設された岩手軽便鉄道の開通(同駅~仙人峠間)と同時に開業しました。遠野駅以西は翌年にかけて順次開通し、全線開通後、昭和11年に国有化されて国鉄となりました。

一方、仙人峠を挟んで釜石側は日本で3番目に運行された釜石鉄道(後の釜石鉱山鉄道)が大橋まで開通し、残る仙人峠の不通区間は戦争による中断後、昭和25年10月に現在の釜石線として全線開通しました。この開通により丸1日を要していた釜石~花巻間が4時間で結ばれ、戦後復興に大きく寄与しました。また、開通にあわせ遠野駅は欧州様式の硬質コンクリートブロック造2階建で当時最もモダンな現駅舎に建て替えられ、遠野観光の中心的な拠点となりました。

釜石線は昭和62年、国鉄民営化によりJR東日本に引き継がれ、平成7年には宮沢賢治の銀河鉄道に因み「銀河ドリームライン釜石線」の愛称がつけられました。同時にエスペラントの愛称名も各駅につけられ、遠野駅は「フォルクローロ(民話)」となり、駅舎2階に宿泊施設「フォルクローロ遠野」もオープンしました。一昨年宿泊の営業は終了しましたが、前年にSL銀河鉄道が釜石線を走るのにあわせ各駅のホームにある駅名標がリニューアルされ、遠野駅でもフォルクローロをイメージしたデザインに生まれ変わっています。

エスペラントは世界中の人々が簡単に学べ、言葉の違う者同士の意思疎通を目指しユダヤ人医師ザメンホフによって発表されました。新渡戸稲造が支持し、宮沢賢治も魅せられたことから県内にも普及しましたが、時を経て今、釜石線はエスペラントの趣を伝えるドリームラインとなっています。今年はエスペラントが誕生し130年。新渡戸の国際連盟事務次長時代、柳田國男が国連委任統治委員となり、柳田に民話を提供した佐々木喜善はその縁でエスペラントを学びました。エスペラントと「フォルクローロ」遠野駅との歴史が重なります。

(岩手経済研究2017年1月号で紹介)