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大慈寺(黄檗宗)

最終更新日:2017年1月4日
大慈寺(黄檗宗) ~盛岡市~
大慈寺山門

盛岡市の大慈寺は曹洞宗や臨済宗と並ぶ日本3禅宗の一つ 黄檗宗 おうばくしゅう の寺院です。江戸時代の寛文13年(1673年)の創建で、明治17年に火災で焼失しましたが、菩提寺とする平民宰相原敬の寄進により再建されて現在に至ります。

黄檗宗は臨済宗の流れをくみ、中国の明時代の発音で念仏を唱え、戒律を重んじ、修行を通じて極楽浄土や阿弥陀仏の体得に励みます。開創は唐時代で、本山は福建省の黄檗山萬福寺。日本からの度重なる招請に応じ、1654年隠元(いんげん)禅師が弟子20名他を伴い来日しました。

伝道と共に印刷や建築、書画、煎茶、 普茶 ふちゃ 料理、木魚、医術等多くの明朝文化を伝えたほか、飢饉の備えとして 隠元 いんげん まめ 蓮根 れんこん 孟宗 もうそう ちく 西瓜 すいか 寒天 かんてん 等も伝来しました。また、縦横20字の版木で印刷される経典「 鉄眼 てつげん 一切 いっさい きょう 」は原稿用紙と明朝体の原型となり、この経を万人が学べるようにと薬を販売し建てた勧学院は図書館の原型となりました。

その後、天皇や将軍家のほか伊達、毛利等多くの大名も崇敬し、日本文化への貢献から徳川家綱公より宇治に寺領9万坪を拝領し、1661年、中国の本山を模し明様式で同名の黄檗山萬福寺を創建しました。

大慈寺はこの萬福寺で修業した徳真道空が現在地に草庵を設けたのが始まりで、盛岡藩4代藩主行信公の娘光源院の菩提寺として南部家の庇護を受け、4世住職万叡は光源院の願いに応じ水死者を弔う 川施餓鬼 かわせがき を行い、これが盛岡の送り盆の行事「舟っこ流し」になったといわれています。

大慈寺では黄檗宗の中国式精進料理・普茶料理が堪能できます。大皿に美しく盛付けされた料理を分け合う きた りで、お供えの野菜や乾物、豆等を調理し一堂に会し食卓を囲み食します。普茶とは「 あまね く衆人に茶を施す」意。現住職の20世松居信善住職は「土地の野菜を使って調理し、普茶の心でおもてなしをしている」と話され、毎回、大皿を囲んだ和気藹々とした食事風景が繰り広げられます。

  • 問合せ先:大慈寺
  • TEL:019-622-4709
  • 普茶料理:要予約(10名から)

(岩手経済研究2016年12月号で紹介)