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高村光太郎記念館

最終更新日:2015年6月1日
高村光太郎記念館 ~花巻市~

詩集「智恵子抄」や十和田湖畔の「乙女の像」等の作品で知られる彫刻家で詩人の高村光太郎は、戦後の7年間を花巻市太田の質素な山荘(現在の「高村山荘」)で過ごしました。

光太郎は明治16年、日本を代表する彫刻家である高村光雲の長男として東京に生まれました。才能に恵まれ若くしてニューヨーク、ロンドン、パリに留学、帰国後は新進の芸術家の一人として活躍しました。妻、智恵子を亡くした晩年、空襲によりアトリエを失い花巻の宮沢賢治の実家に疎開しましたが、宮沢家も空襲により被災したため太田の山荘に移り住みました。その後の7年に及ぶ独居自炊の生活は、戦中多くの戦争協力詩を発表した自らへの戒めであったともいわれています。

昭和41年、高村山荘の近くに「高村記念館」が開館、平成25年には隣接する旧花巻歴史民俗資料館に移転して「高村光太郎記念館」として開館しました。その後、展示スペースを増やすなど大改修を経て、この4月28日にリニューアルオープンしました。記念館では光太郎の彫刻や書をはじめ、詩の朗読などの映像、山荘での生活を伝える品々なども展示されています。光太郎の遺徳を忍び、毎年5月15日には多くの人々が山荘に集い「高村祭」が開催されます。

  • 問合せ先(電話):0198-28-3012(高村光太郎記念館)

(岩手経済研究2015年5月号で紹介)