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橋野高炉跡

最終更新日:2012年9月3日
橋野高炉跡 ~釜石市~

「橋野高炉跡」は釜石市北西部に位置し、わが国に現存する最古の洋式高炉跡です。

幕末期の西洋列強による脅威が増す中で、海防の強化が急務となりました。1858年(旧暦で安政4年12月1日)に盛岡藩士の大島高任は、水戸藩の鉄製大砲工場である反射炉へ銑鉄を供給する目的で、わが国初の洋式溶鉱炉による出銑に成功し、翌年には、ここ橋野での仮高炉の操業に成功しました。

橋野では3基の高炉が建設され、最大規模の洋式高炉として最盛期には一千人余りの従業員がいたとされています。

その後、事業が釜石鉱山田中製鉄所に引き継がれるとともに、橋野高炉は1894年(明治27年)に閉鎖されました。しかし、当時最長の36年間にわたって操業を続け、日本近代製鉄の先駆けとして1984年(昭和32年)には国指定史跡となっています。

現在の橋野高炉跡には、高炉跡のほかに上屋の礎石、フイゴの水車用の溝跡、高炉用の鉄鉱石を加工する種焼窯などの製鉄関連遺構や採掘場跡などが残されており、当時の稼働状況や経営状態までも示す完全性を持った史跡として高く評価されています。

なお、2009年(平成21年)には、域外ながら「九州・山口の近代化産業遺産群」の構成資産のひとつとしてユネスコの世界遺産暫定リストに追加掲載され、国内の産業遺産としての重要性が認知されています。

【釜石市教育委員会事務局 生涯学習スポーツ課】
  • TEL:0193‐22‐8835

(岩手経済研究2012年8月号で紹介)