花巻南温泉峡 ~花巻市~

最終更新日:2019年3月1日
花巻南温泉峡 ~花巻市~
大沢温泉「大沢の湯」
(写真提供:花巻市観光課)
立ち入浴する鉛温泉「白猿の湯」
立ち入浴する鉛温泉「白猿の湯」

季節は冬となり温泉のぬくもりが恋しい季節となるなか、本県には数多くの温泉があり、そのひとつに花巻市西部に位置する花巻南温泉峡があります。

同温泉峡は奥羽山脈を源とする豊沢川の峡谷にあり、花巻市内側の温泉峡の入口から順に「松倉」、「志戸平」、「渡り」、「大沢」、「山の神」、「鉛」、「新鉛」の7つの温泉があります。泉質は温泉ごとに異なり、単純泉やアルカリ性単純高温泉、ナトリウム・カルシウム-硫酸塩泉など様々な種類があります。

また、その歴史は古く、約千二百年前の平安時代初期に征夷大将軍坂上田村麻呂一行が平安京から花巻に辿り着いた時、清水寺から授かった観音像のお告げに従ったところ志戸平温泉を発見したとされ、さらに、田村麻呂が毒矢で負傷した際には大沢温泉に入浴して傷を癒やしたという言い伝えが残っています。このほか、鉛温泉は室町時代に現在の宿主の先祖がカツラの木の根元に湧く泉で白猿しろざるが手足の傷を癒しているのを見て温泉のあることを知ったことから、仮小屋を建てて開湯し、今では日本一深い自噴の岩風呂といわれる「白猿の湯」として人気を博しています。

江戸時代になると同温泉峡は本格的な湯治場となり、鉛、志戸平、大沢の各温泉では旅館が開業したほか、大沢温泉には南部藩主の定宿も置かれ、14代藩主利剛利としひさ公は宿で家臣と和歌を詠みながら風光を愛でたといわれます。

明治以降は、大沢温泉で学生時代の宮沢賢治が悪ふざけで湯汲みの水車を止めた逸話が残るほか、第二次世界大戦のため同温泉峡の近くに疎開した高村光太郎も温泉を堪能しました。

このように同温泉峡はいにしえから多くの人々に愛されてきており、今も個性を持ったそれぞれの温泉のぬくもりが、身も心も癒してくれます。

  • 問合せ先:花巻市観光課
  • TEL:0198-24-2111

(岩手経済研究2019年2月号で紹介)

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