貝鳥(かいとり)貝塚 ~一関市花泉町~

最終更新日:2018年12月3日
貝鳥貝塚 〜一関市花泉町〜
貝鳥貝塚
埋葬人骨(右上方の2人は埋葬が同時)
埋葬人骨(右上方の2人は埋葬が同時)
動物型土製品と土器(千葉達夫氏所蔵)
動物型土製品と土器(千葉達夫氏所蔵)

一関市花泉町油島の貝鳥貝塚は、岩手県と宮城県の県境に近い蝦島えびしま小丘陵に位置しています。今から約五千年前から千八百年前の縄文時代中期から弥生時代までの長期にわたる遺物が出土する貝塚としては国内唯一のもので、昭和41(1966)年に県の史跡に指定されました。

貝塚の断面(貝層)は厚さが最大2メートルあり、縄文時代の中期の部分が薄い一方、後期や晩期の部分は厚く残っています。主要な貝類はイシガイやオオタニシなどの淡水産のものが中心ですが、海水産のハマグリやアサリ・アワビ・ホタテも少量ながら出土するなど温暖化で海水面が上昇して一時は海辺となったことを示しています。また、多数の土器や石器・こつかく貝器かいき(動物の骨や角などを加工して作られた釣針、飾りなど)といった人工の遺物とともにフナやウナギなど11種の魚骨やシカ・イノシシなど23種の獣骨も出土し、豊かな食生活だったことが窺われます。

昭和31(1956)年から44(1969)年の間に4回にわたって行われた本格的な発掘調査では、これらの貝類等に加えて埋葬人骨が数多く出土し、中には腕輪や足輪、頭部に付けていたとみられる翡翠の管玉くだたまとともに発掘された当時の支配者らしき人骨もありました。また、発掘された人骨を国立科学博物館が分析したところ、多くの縄文後期の人骨が出土した岡山県津雲つくも貝塚人に極めて近いことも分かりました。

県境の小高い丘に立つと古代へのロマンがかきたてられます。

  • 問合せ先:一関市教育委員会文化財課
  • TEL:0191-26-0820

(岩手経済研究2018年11月号で紹介)

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